2011年08月22日

あえて、福島へ

あえて、福島に避暑に行って、例年だと混雑している道の駅、少なかったなぁ、やっぱり。おかげでのんびり静かに宿泊(車中泊)できましたけどね。で、NO原発Tシャツを早々に購入。復興東北魂のTシャツはちょっと男っぽ過ぎる柄だと話したら、やっぱり自衛隊の人とか機動隊の人とか復興支援前に購入していく人が多いのだとか。わかるなぁ、なんとなく。直売の野菜も風評被害でやっぱり大変だそうで、市場用の上等品と思える野菜も安く出てました。みずみずしくって美味しいトマトやアスパラ、なすびにカボチャなどなどもちろん購入。それに、温泉地が充実していて、いい湯だなぁ。と、脳天気をやっておりました。温泉はようやく回復しつつあるそうだけれど、例年に比べてのかなりの落ち込みは仕方がないと若いみんなが頑張っていたのが印象に残りましたね。露天プロに浸かりながら、大上段に構えなくとも、こういうちょっとした支援もあっていいのじゃないか、なんて、心も体もリフレッシュして帰宅。自己犠牲の精神で真剣に頑張ってボランティアをしておられる方々に・・と思われるかもしれませんが、まあ、お許しを。

遊びながらも、チェック。福島の檜枝岐には檜枝岐歌舞伎という農村歌舞伎が伝承されていて、舞台が独特の構造なんですよ。鎮守の神様に奉納するために演じられので鎮守の森に向けて建てられており、見物席も野外の石段が利用されています。そう、観劇者はあくまでもお裾分けです。 他にも正倉院と同じ建築様式を持つ板倉の穀物庫が残っていたりします。それと、ほほぅと思うのは、桓武天皇の時代に紀州から来た藤原姓の人が定住して星を名乗ったのが始まりで、平家の落人が隠れ住んで平野と名乗り(記録は残っていませんが有力視)戦国の永禄時代に落ちてきた一族が住み着いて橘と名乗り、昔は星、平野、橘の三姓のみだったそうです。標高930の檜枝岐村はこの先に村がないほど厳しい環境ですが温泉が豊富で縄文からの古い歴史を持っている土地なので、隠れ住むのに最適だった? かも。米が採れない土地なので江戸時代は年貢で苦しめられたり、と過酷な時を過ごした里ですが、今は、全て温泉付き住宅で、しかも狭い村内に三つも村営の温泉があり、日々温泉三昧。私、ふたつの温泉を楽しみましたが…羨ましい。 南会津町の「大桃の舞台」もゆったりと時間が漂っていて風情がありました。ここで、芝居をやってみたいなぁ。誰か、出資してくださ〜い。

horikawa_g at 22:00コメント(0)トラックバック(0) 

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