2008年09月

2008年09月30日

今日、喜多さんからお菓子が届きました。お能の喜多流宗家の妹さんです。ご丁寧なご挨拶で、恐縮しました。普通はなかなか私のような者にまでこうした心配りなどできないものです。私も、襟を正さなければと思いました。素敵なご年輩の女性に続けて出会えて幸せ〜

horikawa_g at 20:07コメント(0)トラックバック(0) 
お芝居 

2008年09月29日

青年座の芝居を観劇に行って、偶然、友人のYさんと出会った。私の脚本の師匠の水原ゼミで一緒だった、今はラジオの脚本家として活躍している女性です。このブログを読んでくださっているとのことなので…むふふ。同じ水原ゼミだったという本の企画会社を経営していらっしゃるIさんと見に来たとのことで、観劇後のお茶に誘っていただいた。Yさんはこういうスタイルの不条理劇は好みではなかったらしい。私は一時、安部公房に嵌っていたので嫌いではないが、どういうわけか、まったく方向の違うものを書いているのだから不思議なものだ。ところで、お話しをしていてIさんは素敵な女性でした。こういう女性と知り合うと、いつも年の重ね方を考えさせられます。私もIさんに助けていただいて、いい本を書いてみたいな〜なんて…。

horikawa_g at 16:12コメント(0)トラックバック(0) 
お芝居 

2008年09月26日

お稽古始めです。いよいよって感じですね。演出家としてはこの日が一番楽しみでもあり、不安でもありまして…劇団と違い、プロデュース公演は皆さんが始めての顔ぶれです。役者さん達もすごく緊張していますから、まず自分の体を解して適度な状態に持っていかないと
ね〜。さっ、頑張ってきますわ!

horikawa_g at 09:22コメント(0)トラックバック(1) 
お芝居 

2008年09月24日

18日から23日まで急遽、新劇のお手伝いをすることになり行って来ました。お手伝いといっても、着物の着付けで困っていたので助太刀のつもりででかけたのですが、着物の着付けのことをご存じない方ばかり。聞いた条件とは大違いなので大変な思いをしました。でもまぁ、無事に芝居が終わり、私もいろいろな方と知りあえて、先輩の顔も立ったことですし女優さん達や舞台監督さんにも喜んでいただけましたから良しとしましょう。ついでに着物の畳み方もご存じないのでご指導してきましたが、私も良い経験をさせていただきました。打ち上げのお酒も美味しいですから〜。芝居はいろいろな方達のお力添えがあって成り立ちます。私も随分といろいろな方にご迷惑をかけたり助けていただいたりしてきました。いつかきっとご恩返しをしたいなぁと思っているんですよ。若い女優さん達、着物の畳み方、ちゃんと覚えてくれたかな。これも御恩の順送りです。ただし、着付けの協力は一度だけですよ先輩。でなければ、プロの職場荒らしになってしまいますからね〜。

horikawa_g at 21:37コメント(0)トラックバック(0) 
お芝居 

2008年09月03日

「作者部屋」の仲間で演芸作家が本業の方ですが、多才なのでいろんなことをしています。
怪談ものの芝居をするというので、チラシもついでにお願いして、見に行きました。阿部明日香さんの琵琶が良かったです。習い始めの頃から知っていて、というか、稲田氏と共作の「ピエース」に出てくださった女優さんです。いつかまた一緒にやりたいな〜と思っているのですが、なにしろ私の作る芝居は邦楽中心なので日舞の素養がないと難しいところがあって、なかなか現代劇のチャンスもなく、未だにその機会を得ていないのですが、これからもほんと、楽しみな女優さんです。
それから、稲田氏の著書で、「恋する落語」を読み、造詣の深さをあらためて思ったのですが、それを洒脱に書いてます。取り寄せになってしまうので、近くの書店に並んでいないのは惜しいなぁ。これだけの内容で、埋もれているのは惜しいと思いませんか? 11月公演のロビー販売で一緒に置こうかなぁ。関係者以外は駄目かなぁ…制作に聞いてみよう…。

horikawa_g at 12:22コメント(0)トラックバック(0) 
としこさんのつぶやき 

2008年09月01日

ああ、そういえば、随分といろいろな芝居を観ていた友人がいましてね。おっかけをしていたぐらい、御覧になっていた。ところが最近は見ないというのです。今は文楽に嵌っているそうで、それはんだろうと、ふと、考え込みました。歌舞伎になぜ抜き狂言があるかというと、先ほども書きましたけれど、役者のしどころというのがあって、その役者のその芸を見たい、というのが基本なんです。へたなのを繰り返し見せられたら、そりゃまたかってことになるんですけれど、美味い役者のは何度でも見たくなります。気に入った絵を見るのと同じ心持ちなんですよね。筋で運ぶ芝居ばかり見ているお客様は理屈が先行しますから、その感覚が後回しになってしまう。最近のお客様はたいていそうです。で、そうしたお客様を当て込むと目先の変わったものばかりやりたくなってしまう。だから基本を忘れてしまって、次々と目新しいものをやらないとお客様に厭きられてしまうことになって、大変です。ひとつの作品をじっくりと練り上げて芸を完成させてきたのが、今は壊れてきているように思えてなりません。私も芝居作りのひとりとして、肝に銘じたいとつくづく思いました。

horikawa_g at 20:55コメント(0)トラックバック(0) 
としこさんのつぶやき 
野田版「愛陀姫」を観劇した。アイーダはオペラとブロードウェイのを見ている。なるほど、野田版だと思った。芝居はよく出来ている。しかし…これが歌舞伎台本とはどうしても思えないのは私だけであろうか? 某、有名な歌舞伎評論家のY氏が絶賛していたのには、本当にのけぞった。私が歌舞伎台本と思わない理由はふたつある。一つには、これは、歌舞伎役者が演じなくとも充分に成り立たつ台本だ、からである。現代戯曲と歌舞伎台本の違いはなんであろうか? 余白にあると私は思っている。理屈で筋を通すのではない。役者のしどころが計算されているのだ。歌舞伎役者の芸というものがそこで輝く。まして傍白など、意味がない。そのことは歌舞伎を何度もみていると解ってくるのだが、今の観客も、私もそうであったが、観賞眼が育っていないのである。(Y氏はある筈なのだが…)それは何も観客が悪いわけではない。西洋一辺倒のそういう環境で育ってきたのだ。そうした観客を呼ぶためには、興行的に必要なことなのかもしれない。それを否定するつもりはない。
だが、歌舞伎である以上、歌舞伎役者が演じるから歌舞伎では困るのである。それは、歌舞伎が商業演劇といえども伝統芸能という側面を持っているからである。そういう意味では舞台美術もしかりで、大舞台の歌舞伎のものではなかった。オペラがブロードウエイになっても、やはり素晴らしいのはなぜか、もう少し研究して欲しいものだ。二つ目は黒御簾音楽の使われ方である。台本では黒御簾が計算されていないと思われる。なぜなら、歌舞伎独特の聞かせどころがないからである。「髪結新三」の永代橋の場を見ていただければそれがよくご理解いただけると思う。「愛陀姫」では、演劇のいわゆる、たんなるバックミュージックとして使われているだけであった。附師として、田中傳左衛門師匠が苦労なさったに違いないと感じたのは、やはり私だけであろうか? 
世の流れとは恐ろしいものだ。たぶん、おそらくこのようにして、新作歌舞伎として量産されていくのだろう。お客様あっての芝居である。…嘆くばかりである。

horikawa_g at 13:20コメント(0)トラックバック(0) 
としこさんのつぶやき 
ギャラリー
  • 清姫異聞
  • 清姫異聞
  • 清姫異聞
  • 清姫異聞
  • 清姫異聞
  • 清姫異聞
  • 清姫異聞
  • 光源氏の愛