2016年10月18日

 やあ、夏を通り越して、もう秋です。皆様、お元気でお過ごしでしょうか。今年は自主公演がないからって、遊んでいたわけじゃありませんよ〜。来年の公演準備に突入していま〜す。で、私はホッヨガを始めました。運動はからきし駄目な私ですが、これは続きそうです。芝居に関係ない…いえいえ、来年の公演に備えて基礎体力をつけています。なにしろ、心身ともにめちゃハードなんですから。
 ところで、きらめきプラス、という雑誌をご存知ですか。梅左の六花八葉集と名付けて連載を始めました。伝統芸能に携わる素敵な方々をご紹介しています。第一回目は『附師』八代目杵屋巳太郎さんです。今月号は『囃子』望月太左衛さん。自分で云うのもなんですが、面白いです。邦楽の専門誌ではないので、機会がありましたら読んでくださいね。次回は『長唄』の稀音家義丸師匠です。東燃ゼネラル音楽賞邦楽部門で受賞されて、私も授賞式に伺いました。とっても素敵な、御歳八十五歳のお師匠さんです。インタビューにお宅にも伺ったのですが、奥様も素敵な方でした。
 それから、先日、吾妻寛穂先生の会に行ってきました。新作の『鬼子母撩乱』は、私の大好きな世界観です。寛穂先生の凄み、哀れ、もう言葉では言い尽くせません。
 というわけで、まだまだ積もるお話は沢山あるのですが、野暮用が詰まっていますので、この辺で…

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2016年06月07日

国立劇場の五月公演で、前進座の四谷怪談を観た。三角屋敷の場を出すのがこの劇団のが芸統になっている。もともと忠臣蔵の表の物語に対して裏の物語として四谷怪談は書かれただけに、初演は二日がかりの両建て公演だった。全部を通すととても長い作品になるので、今のように短縮した公演の場合、どの場を組み合わせるかで随分と趣が変わる作品になるのが特徴だ。染五郎が昨年演じた国立劇場版の「四谷怪談」はこの三角屋敷の場がカットされていて、これに忠臣蔵の仇討ちの場を組み合わせている。つまり、忠臣蔵色を強めることで特徴を出しているわけだ。先代の勘九郎(十八代目中村勘三郎)の「四谷怪談」も同様に三角屋敷は無いが、早変わりと髪梳きに重きをおいた構成になっていて、怨霊となったお岩のケレンをたっぷりと見せた。
 三角屋敷の場というのは、お岩の妹のお袖と、その夫の与茂七、お袖に横恋慕している直助の三人が主人公ともいえる場で、忠義の裏で泣かされる人間模様が描かれている。この場は直接、南北自身が書いたと云われているだけに、良くできている。先代の猿之助(当代の猿翁)の「四谷怪談忠臣蔵」にも三角屋敷の場があって、猿之助が直助を演じていたが、お袖は笑也で与茂七は右近だった。
 前進座では直助は矢之輔で、抜け目の無い悪党ぶりを見せながら、矢之輔らしい愛嬌で滑稽味を出し、自分が犯した悪行の因縁を知って自刃して果てる心情も自然だった。お袖の臣弥がよく健闘しており、菊之丞の与茂七も安定した存在感があって、この場はよく出来ていた。とはいえ、三角屋敷はあくまでも脇筋なので、お岩が主人公になる。貞淑なお岩が凄まじい怨霊となっていく様は哀れだ。國太郎がいいので、じっくり見たいところだ。伊右衛門の芳三郎も全体に品がありよく出来ていたが、それだけに凄みがもう少し欲しかったように思う。
 他の役者さんも初役が多かったが、気合いがあって舞台に独特の明るさを出していた。それが影に沈んだ世界を際立たせている。そして、黒御簾とツケ打ちもよく場を盛り上げて、舞台の質を高めており、前進座らしい舞台を堪能した。
再演してほしいものだ。


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2016年04月15日

昼の部に出かけた。女殺油地獄の徳兵衛役で出ている嵐橘三郎丈を贔屓にしているので、まあ、若手のはどうかと思いつつ出かけた。私は仁左衛門のも染五郎のも見ているのでまだまだだろうと思っていたのだ。ところが、これが良かった。お吉の七之助も色気があって、運びに無理が無い。与兵衛の菊之助も上出来だった。義太夫に乗った動き、台詞。全体のアンサンブルもいいので引き込まれる。精進した芸はお客様の心を動かすと、つくづく思う。
勘九郎の末広がりは歌舞伎らしい華やぎをみせて楽しませた。国生が成長した姿を見せる。鶴松も可愛い出来だ。それから、菊五郎劇団の地方は流石で、踊りが映える。それと葛の葉の七之助、哀しみと母性がでていて悪く無いが、ふと見せる狐の妖しさがもうほんの少し首の動きと手元に出ると云う事なしだろう。もっとも、葛の葉のこの柔らかみと色気は玉三郎に似ているような感じもするので、このように演じているのかもしれない。それにしても、すでに彼らの時代なのだ。いい芝居を見た。
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2016年03月22日

 早いこと! もう三月も半ばを過ぎてしまいました。先日、篠田桃紅さんの版画展に出かけてきたのですが、素敵でした。「一〇三歳になってわかったこと」などの著書があるので読んでいたのですが、こうして改めて鑑賞すると、その線の描き方に桃紅さんの生き方がみえてくる気がします。桃紅さんは、子供の頃「ヨソはヨソ。ウチはウチ」と云われて育ったそうですが、私もそのように云われて育ちましたから、ああ、私がこの絵に共感するのはそのせいだと思いました。私は舞台を作っていますので、どうも、世界的に著名な美術家と同じだなどと云って顰蹙をかいそうですが、自分もそんな世界を作ってみたい。唯我独尊、独自の色彩と造詣の世界観に共鳴するのです。
 本を読みますと桃紅さんは己の道をまっすぐに生きてこられたようです。私は才能が無いのだから、作品に真摯になってもがき苦しむぐらいはしても良いようなものなのですが、ついつい道草ばかりして「人は人、私は私」と言い訳に使ってしまいます。そこが桃紅さんと決定的に違うところです。同じ「人は人、私は私」ですが、レベルが全然違います。作品への対峙、生き方の覚悟が違います。
 憧れて、その人のようにありたいと願うのも、アリ、だよなぁ…と思いつつ…
 

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2016年02月12日

出演して下さった役者さんの関係者として映画監督の篠田正浩監督がいらしてくださいました。監督は古典を現代の視点で描いておられ、私も随分と勉強させていただいています。ご挨拶をさせていただいた時に、その箏をお話させていただきました。よくできていて面白かったとおっしゃってくださったのが本当に嬉しかったです。
私の脚本の師匠である水原明人先生もご夫婦できてくださり、今回はなかなか良かったよ、よくやったね。と、やはり師匠に褒めていただけるのは嬉しいわけで、お世辞はありませんからね。
まあ、いろいろ反省点はありますが、これも一緒に芝居を作って下さった皆様の御蔭です。それで、次回作を楽しみにしていますとの仰せに、ご期待に背いてはならないと、只今、冷や汗を流しているところです。
そして、なんといっても一番は、お客様の声です。だって、忌憚の無い声ですからね。劇場を後にされるお客様の表情に、ホッとします。
いよいよ次回作の演目が決まりました。頑張ります!!

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有り難い事に、国立劇場顧問の織田紘二先生(赤旗しんぶん邦楽評)、演劇評論家の結城雅秀先生(演劇雑誌テアトロ)、もと時事通信ジャーナリストの長沼節夫氏(メディアウオッチ)、両国シティコア社長の川合純氏(シアターX通信)からも暖かい劇評を頂きました。記事の全てをここに掲載したいところですが著作権もありますので、ご好評をいただいたことを皆様にご報告を申し上げます。機会がございましたら記事をご一読いただけましたら幸いです。それから、雑誌の「きらめきプラス」でも舞台のことを取り上げてくださっています。発売はこれからですので宜しくお願い致します。


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2016年01月20日

訃報を聞いた。次々と名舞台が思い浮かんだ。子供の頃に聞いた、ヨヨヨイヨヨヨイ、ヨヨヨイヨイの伝七親分の優しい笑顔と声も懐かしい。
後年、梅之助丈と何度かお話をさせていただく機会があった。いつも私は緊張していたけれど、優しい笑顔をたやさない方だった。
ひとりの役者人生というよりも、戦後の日本の演劇界において大きな存在だった。昭和というひとつの時代が終わろうとしているのだろうか…。お悔やみを申し上げます。



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2016年01月13日

安珍の衣装は、修験者や僧の墨染の衣のように一般的に知られている衣装にはしませんでした。かなりデフォルメしています。この時代は神仏習合ということもあり、また、この時代の着物はまだ日本化されていませんでしたので自由にデザインしてみたのです。
「清姫異聞」での安珍は、奥州の低い身分の出身ということになっていますので袴の色を濃い鼠色にして、あえて全身を墨染めにしませんでした。そして、安珍は修験僧になりましたが都に登って出世をしようとする野心家です。なので、都の権威を紫の鉢巻と後ろ姿の垂れで表現してみました。それと、女性達の衣装とのバランスも考えて、少し華やかな感じも持たせています。黒地に木を幾何学的に配した黄色の柄が入った袖にしました。これはもちろん、龍神池の森をイメージしたものですが黒と黄色という色彩で華やかにしています。帯にも清姫と同じ水色の布をあしらってみました。そうすることで、ふたりの関係を示しています。
数珠がないと陰陽師に見えなくもないので、首に数珠を下げて手にも持たせています。これで祈祷する僧の雰囲気が出ています。
今までの安珍の衣装といえば大抵はお坊さんの墨衣なので、皆様の反応が少し気になりましたが、井上さんは背が高く着映えもしたせいでしょうか、カッコイイとなかなかの評判でした。続きを読む

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清姫の衣装は、清姫の名に相応しく、春の清らかな水と花がイメージされた乙女らしい清純な純潔を表す衣装になっている。
それが、安珍に裏切られて炎のような赤い衣装へと変化するのだ。左右が繋がった振り袖は清姫の執念に見立てられ、巻き付く大蛇となって安珍を追いかける。
やがて、清姫の執念は灼熱地獄へと身を落とし、龍神の怒りによって龍女に化身することになる。
龍女の衣装は清姫の清純と燃えたぎる執念の白と朱赤の片身代わりだ。帯は鱗に見えるような柄の一反の布を用いて光るビーズの刺繍が施されている。片袖には朱色で龍の書が描かれており、髪飾りには水引の飾りを用いて格調高く龍女を表現して存在感を出している。
清姫役の長坂さんは立ち姿が美しいので衣装がよく映えていたが、三度の衣装替えは、たんに美しく見せているだけではなく、それぞれの清姫の性根が表現されているのだ。
ところで、片袖の書は書道家の堀野哲仙先生の書を使わせていただいているので贅沢な衣装になっている。なぜ、片袖に書を用いているか。もちろん、意味があるのですよ。
昔は、恋人と別れる時、自分の身代わりとして片袖をちぎって相手に渡して、無事にまた会えるようにと祈ったのです。そんな恋心を歌った和歌がありますので、探してみてね。
ということで、清姫を捨てて安珍は逃げたわけですが、龍女に化身した姿の片袖には清姫のいじらしい心根が無惨に引き裂かれた意味を持たせているのです。しかも、実は哲仙先生は、袖に書かれた龍という文字のテンを雨の雫、涙に見立てて書いてくださっているのですよ。にもかかわらず、終わった頃にはかなりボロボロ…紙なので、ああ、こればかりは仕方がなく…泣き…。先生、御免なさい。続きを読む

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